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送信時刻2021年11月26日金曜日 午後4時47分32秒
お名前FascinatingFox
都道府県愛知県
性別男性 血液型B型 星座魚座 昭和46年生まれ 当ID所有者
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俺は毛筆に念を込める事が出来るぜ
俺が草書体で神仏たちの名を一堂に
書き連ねた掛け軸を拝めばご利益が
あるんだぜ・・・鎌倉時代・「俺」は日蓮
偶像崇拝反対派の急先鋒が発明した
「筆文字信仰」が膿み続ける「ひずみ」
3・3・3・3・3・3・3・3・3・3
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中山美穂
「誰かが愛に・・・」の
フルコーラスに合わせて
歌って下さい。
・YouTube原曲歌唱動画再生〓≫
カラオケの動画のほうは、
残念ながらYouTubeから
見つけることが
できませんでした。
・原曲の歌詞を参照する〓≫
拡散希望。
歌って動画にして
upしてくれる人が
いたら嬉しいです。
●推奨音源●
DAM番2446-60
●キー調整目安●
原曲キーからマイナス7
「誰かが愛に・・・」の替え歌
「仲間のアジトがあるらしい」
[1]
・・東南(とおなーん)アージアー
・・モンゴールー
ブーラジールー・・・・
・・遠いー国(くにー)かーらー
出稼(デーかーせー)ぎー
にーー来(く)るー・・・・
・・外国人(がいこーくじーん)わー
・・コミュニーティーイー
を作(つーく)りー・・・・
・・休みーの日(ひー)にー
バーアーベーキューウー
をーーするー・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
通(つーー)・・・・
販(はーん)のー番(ばー
んー)組(ぐみ)をォーー・・・・
・・・観(ミ)てー・
・・・掃除機(そおーじきー・)
買うとーかじゃー無いーー・・
・・・・
・・・・・・・・
・・・・
・・私(ワタし)わ気づいーたのーよー・
・・母わ自分ひーとりーでー・
・何かー・・・
・観(み)て感化(かーんーかー)
されーた訳じゃー・・
・・・・
・・無(ナ)イわ家で呪(じゅー)
文(もんー)をー・
・・唱(トナ)え掛け軸(じくー)
拝(おがー)むー・
・そんなー・・・
・コミュニー・・・
・ティイにー・・・
・・・・
・誘(さーそ)わーれたーことーー・・
・・・・・・・・
[間奏]
[2]
[行をまたいで「+」で
つないでいる箇所は
8部音符と8部音符との
連続があります。]
・・母がー独(ひとー)りでー
・・思いーつーいーたなーらー・・・・
・・母とー口論(こおーろーんー)をー
すーるーけーれーー・どー・・・・
・・茶の間(まー)の壁(かーべ)のー
・・月(ツキ)のーカーレー
ンダーアのー・・・・
・・中にー座談(ざだーんー)
会(かーいー)のー文字(もーじー)
がーーあるー・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
町(ちょーー)・・・・
内会(なーいかーいー)
じゃー無くてェーー
・・・・・・・・
呪(じゅー・)
・・・文(モんー)唱(となー・)
え拝(お+
+がー)む仲(なーか)間(まーー)・・
・・・・
・・・・・・・・
・・・・
・・1(いィッ)戸建(こだ)ての家(いー
え)をー持つー
・・仲間の家をーアジートにー
・決めてー・・・
・集会(しゅうかーいー)がー
開(ひらー)かれてるー・・
・・・・
・・れおパレスで良(よー)
かァッ・たー・
・・ウチわアジトにーならーないー
・「集(あつ)まー・・・
・りに行(いー・・・)
・くわ」とー・・・
・・・・
・母(はーは)わー出かーけるーー・・
・・・・・・・・
[短い間奏]
[3]
・・神様(カーみーさーまー)でわー・・
・・無(ナー)いー紙(かーみー)きれー・・
・・ニー両手(りょーおてー・)
合(アー)わーせーてー拝(おー
がーーー)むーー・・
・・正座(セーいーざー)しー
・テ少(すーこ)しー・
見上(ミーあー)げーるー
高(ターかー)さにー・・・
掛(かー・・)
・・・ケ軸(じーく)がー・
貼(ハ)リ付(つー)けてーあるーー・・
・・ウチわ仏壇(ぶつだんー)
無いーけどー
「・・尊(トオと)い掛け軸(じー
く)なーの」とー
・そんなー・・・
・証明(しょおめーいー)
でーきなーいことでー・・
・・・・
・・喧嘩(ケンか)するの無(むー)
理(り)だーからー
・・草書(ソオしょ)で黒墨(くろずー
み)のー文字(もじー・)
・そこにー・・・
・何(なに)かー・・・
・宿(やど)るー・・・
・・・・
・とーわ思(おーも)えーないーー・・
[「な」はスラーの音↑から作る]
・・・・・・・・
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↓※下の添付画像は、「草書で
黒墨の文字」で神仏の名前だけが
書き連ねられた日蓮の文字曼陀羅
よりも味わい深く見て納得できて
消化の良さそうな絵画の曼陀羅。
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⇒●画像引用元URL●⇒
仏画:般若十六善神
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橘氏ゆかりの御寺遍照山西福寺

「曼陀羅(まんだら)」とは、
どういう物なのか?
「曼陀羅(まんだら)」とは、
精霊界において、
権威のある精霊、
強い魔力を持つ精霊、
とされる神仏達の姿及び
神仏同士の階級の差や相関図を
絵画の形で描いて表わした物で、
その源流は、インドの多神教
であるヒンズー教やエジプトの
神話にあります。ギリシャ神話も
多神教なみに複数の神々が登場
する物語ですが、登場する神々
の間での愛憎劇がすさまじく、
その神々達が一堂に会して
記念写真を撮る的な曼陀羅が
路線として馴染まなかった
のでしょう。それゆえ、
ギリシャ神話の神々の姿が1枚の
絵画にお揃(そろ)いで描かれる
ことはありません。そもそも、
それぞれの神が誕生したと
される時代の時系列に
時間差があったりもします。
その点仏教では、仏陀(ブッダ)
その弟子達が権威のある
精霊に成ったという設定から、
「一堂が会して記念写真」的な
曼陀羅にしやすかった
のでしょう。その源流が
チベットにあるのは、
その地が、仏教がインドから
中国へと伝来する間の中継地点
であり、仏典を解説する際の
イラストとして、曼陀羅の絵柄
が重宝された、という理由が
推測されます。
ではなぜ、草書体の筆文字で
敷き詰められたあの掛け軸をも
「曼陀羅」と称するのか?
・・・それは、日蓮宗では頑なに
偶像崇拝を良しとしないので、
神仏達の姿を描いた絵柄では
無く神仏の名(呼称)を列記する
という形が妥協点だった訳で、
仏師が木彫りや鋳造で作り出す
仏像はあくまでも「芸術作品」で
あるとして、芸術と信仰の対象
とを切り離すという教義の路線
があるために「神仏の呼び名のみ
を列記する」形の亜種的な曼陀羅
となるしか無かったのでしょう。
●=●=●=●=●=●=●=●=●=●
・・・以上の事を踏まえた上で、
改めて「そもそも論」を
語ろうかと思う。
そもそも「守護神」は
存在するのか?
「守護霊」は、各個人の見守り役
であり、その人が不慮の事故の
加害者や被害者にならないよう
守ったり、あえて不慮の事故
の加害者もしくは被害者になる
寸前の状況・場面を演出して、
その人に自制心と警戒心を
持つことを促(うなが)したり
する。ただし、万引きや恐喝
など、守護霊が傍観して目に
余るような行動を繰り返して
いると、その人から守護霊が
離れて、守護霊の加護が全く
無い状態が生じることもある。
・・・では、「守護神」は居るのか?
このような見守りを、数十万人
ないしは数百万人に対して
同時平行して行なえるような
守護「神」なんて、存在しうる
ものだろうか?
・・・もし、1万人の視聴者からの
コメントがあった場合、それら
の全員にコメント返しができる
ユーチューバーが居るだろうか?
・・・それはどれ程の千手観音的な
技なのだろう?いくらなんでも
限度というものがあるだろう。
・・・百人の固定客を抱える風俗嬢
が、その客達の全員の私生活の
進行状況を把握できるだろうか?
それはどれ程の千里眼の持ち主
なんだ?それこそ「神の立場にも
なってみろ」という話であろう。
そもそも「仏教の曼陀羅」は
必要なものなのか?
・・・仏典の中の登場人物の紹介
程度の役には立つのかなぁ・・・
という位の用途はあるか。
(と言えど、日蓮が書いた筆文字
の曼荼羅の中には「天照大御神
(あまてらすおおみかみ)」という
神道の最上位の(・・・日本じゅう
の地母神の総大将みたいな)神の
名前もノミネートされていて、
仏典の舞台がインドなのに混乱
を招きかねない部分もあるし、
何より「草書の筆文字」は現代人
にとって無駄に視認性が悪い。)
ただし、ブッダの人生の記録は
かなり正確な形で残されていて、
ブッダが1国の王子の立場を返上
し、円満だった妻と娘との関係
を絶って修行僧となった理由、
自分の肉体をいたぶる苦行が
解脱に到る道では無いことを
彼に気づかせた、スジャータと
いう少女の存在、そして彼が
悟りを開いてから行なった
庶民への法話や弟子達への
訓話・対話。それらを知れば、
「仏教の曼陀羅」に示された
仏典の登場人物の名前や
彼らの相関図は頭の中に
自ずと描かれてゆくもので、
サンスクリット語から漢文に
翻訳されて日本に伝来した
仏典の漢文の漢字を音読み
して読みあげるだけで
「神通力を持つ仏様はわいの
願いを聞き届けて下さる」
などと、読経功徳(くどく)
(=運勢向上)という安直な考え
をして仏典の内容など知ろうと
する気が全く無いという
「読経至上主義者」達が正座を
して、前方斜め上の壁に
「草書体の筆文字で神仏の名が
敷き詰められた曼陀羅」
掛け軸を貼り付けて提示した
としても、それは
「わいだって分かっとりまっせ」
というプラフ(ハッタリ)でしか
無い。それならば、たとえ
偶像崇拝であろうと、人間の
視覚に直接作用する「絵柄の
曼陀羅」のほうが、意味と意義
と機能性が備わっていて、
断然まともなものだ。
「ナーム・妙法蓮華経」についても
同様のことが言える。
「ナーム」はサンスクリット語で
「信奉する」「帰依(きえ)する」の
意味であり、「妙法蓮華経」は
ブッダの弟子達への訓示と、
自分の死後自分を弟子達や後世
の者達が引き継ぐための法話の
仕方の要点をブッダが述べた
「法華経(ほけきょう)」、その
題名に『「妙」法「蓮」華経』と
2連発の美化を加えて賛辞し
私はそれを「ナーム」します、
という「誓いの言葉」。
・・・であるのだが、現実には、
「読経至上主義者」達は
「ナーム・妙法蓮華経」
→「ナンミョーホーレンゲキョー」と
「誓いの言葉」を繰り返し、
連呼し高らかに詠唱しながら、
「詠唱した分だけ運勢がチャージ
されるんだぞ」という教団の教え
を鵜呑みにして、仏典の内容には
ほとんど触れようとしない。
それはなぜなのか?
「ナンミョーホーレンゲキョー」と
「詠唱した分だけ運勢がチャージ
されるんだぞ」のために
費やされる時間。その本来の
主旨(法華経を信奉し・帰依する)
に立ち返れば、口語訳された
現代語の仏典を読んで内容を
理解するのが筋道のはずで、
「知性を放棄して盲目的になれ」
は乱暴なSMプレイでしか
無いのでは無かろうか。
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